天明に安じて、人事を尽くす
天命に安じて人事を尽くす
「天命に安じて人事を尽くす」
この言葉を聞いたことがありますでしょうか?この言葉は、明治時代の僧侶、哲学者である清沢満之の言葉です。
同じような言葉として有名なのが「人事を尽くして、天命を待つ」があります。これは中国の儒学者、胡寅が著した『読史管見』が由来とされているようです。
意味を簡単にいうと、人としてできることは最善を尽くし、後はなるようになっていくというような意味です。
この言葉は以前からもちろん知っていましたが、最近ふとこの言葉を見た時に、「そういうことだよな」と思い本当の意味がわかって来たと思うのです。なのでこれを今日はここに残していきたいと思います。
天命に従うしかない人生
まず、天命とは何のことかと言いますと。
天(この世、宇宙、または神のような概念)が人に与えた運命、宿命のことを言っています。これはスピリチュアルな感じが出てきますが、そうではなく事実です。
この天命を具体的にいうと、今自分がいる状態、環境と自分のことを言っています。
どの親のもとに生まれたのか、どこの場所に生まれたのか、どのような体で生まれたのか、どのような容姿で生まれたのか、どのような気候の場所なのか、どこの国に生まれたのか、全て自分で決めることはできないものばかりです。この自分の意思とは関係なく全て条件が決まっている物事があります。私たちはこれらの出来事に抗うことはできず従うしかないのです。
大きな自然の流れの中の結果として現状があるのです。私たち個人の意思とは関係なく私たちの存在が生まれているのです。私たちはこの大きな抗えない自然の流れにいるということをまずは認識しなければなりません。
私たちが生きていく中で、それらの条件が自分にとって良いものもありますし、悪いものもあります。病気や、仕事、人間関係さまざまな事柄にあります。私たちはそれらをコントロールすことはできませんので、それらと真っ向から向き合うしかないのです。今いるその現実と真っ向から向きあうしかないのです。それが私たちに課せられた天命といえると思うのです。
弱く脆いエゴイズム
自分が置かれた現実から目を逸らして、何もせずに生きていくことももちろん可能です。ですが、これがエゴイズムだということを知った方がいいでしょう。エゴイズムは脆く弱いものです。エゴイズムは基本的に自分を守るためにあるものですが、大きい視点で見るとエゴイズムが自分をさらに弱く脆くしているという事実があります。ですので自分を守ろうとしてエゴイズムに行くのに真逆の方向へ行ってると言えるのです。
大きな川の中で小魚が流れに逆らって泳ぐようなものです。私たちの宇宙もこの大きな川として見ることができます、大きな川の流れこの宇宙の流れの中で原子が誕生し物質が誕生し、星ができ、生命が生まれ、人間が誕生し、人間社会が生まれ、その中に私たちが生まれたのです。大きな川から小さな川が分岐していきさまざまなものになってきたのです。私たちはこの大きな宇宙の流れの中の一部です。エゴイズムとはこの流れに逆らうことなのです、宇宙に逆らうことになりますのでこれは弱く脆いことは明確です。
この私が言っている事に共感できるひとがいましたらぜひ一緒にお茶かお酒でも飲みながら話したいものです(笑)
天命を受け入れる
エゴイズムが脆く弱いことは上記で記した通りです。そうするとエゴイズムを捨てると強くなれるということになります。エゴイズムを捨てるということは天命に従うということです。大きな流れに乗るわけですからそれは強いに決まっています。
では具体的天命を受け入れていくとはどのようなことを言うのでしょうか、それは自分の現状、現実を最大限に活かすと言うことです。
自分が日本人であれば日本人として日本人らしく生きるのです、そして男性であれば男性として男らしく生き、今やっている仕事があればその仕事を全力でやっていくのです。そして身近な人がいればその人に全力で向き合うです。どう向き合うか、それは「誠実」に向き合うことが大事です。
誠実の意味を調べてみると、私利私欲を交えず、真心を持って人や物事に向き合うことと書いてあります。
